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 今日は先づ那覇の市中を見物しようと、人力車に乘つて縣廳に顏を出し、その隣りの圖書館に行き、眞境名翁の部屋で豐富に集められた郷土史料をのぞき、又某氏の持參せられたノロの勾玉にも始めて見參する。此の圖書館に近く、東南の松の樹の少し生えてゐる丘陵が、具塚のある城嶽であると教へられ、諸君と共に其處へ登つて見ると、美しい那覇の市中が一望に豁けるのも嬉しい。むかし王の大親と云ふ豪族が、此處に住んで居つたが、尚清王が其の女の容色を望んで后としようとした。併し大親は中々之を承知しないので、王はそれでは其の望む所のものを何でも與へようと云ふと、それでは此の城嶽から見渡されるだけの土地を賜はれと答へて、それを頂戴したと傳説にあるのは、如何にも此の眺望の好い地形に應はしい話である。

 八十歳の高齡を以て逝かれた夫人は、夫君が始めて鋤を下して地下から掘り起こされたエーゲ文化が、今日の如く充分に復活せられるのを遺憾なく見られたのであつて、今や之をイリソス河畔の墳塋のうちに葬られてゐるシュリーマン博士の下に、之を報告せられることになつたのである。而して希臘國家に獻納せられた「イリオン」邸は、此の傳奇的生涯を送つたシュリーマンと其の夫人の記念として、永しへに世に傳はるに違ひなく、ミケーネにある『シュリーマン夫人發掘の墓』は『アトレウスの寶庫』と共にいつまでも訪客の記憶を新にするであらう。

これは自ら省るべきことである。立入つた論述は本文(二節、四三節)に讓るが、兩者は少數の場合ながら實質においても必ずしも一致せず、一致する多數の場合においても、「將來」は單純に積極的に事柄の根源的意義を言ひ表はすものとして優先權を要求する。來らむとしてしかも未だ來らぬといふのが「未來」である。派生的現象といふべきである。言語上の表現に徴するも、將來は簡單に動詞の一變化によつて言ひ表はされうるが、「未來」の場合には副詞が特に添へられねばならぬ。それ故本書はあらゆる場合に通ずる總稱として「將來」を採用した。